UTokyo bicycle racing team

9/3インカレロード 8/14周DNF
1周目、5分坂下までのスリリングなパレード走行後、アクチュアルスタート。あっさりと逃げが決まったようで、5分坂、1分坂ともに淡々としたペースで進行し、一昨年のインカレとは異なりサポート陣の位置を確認する余裕もあった。2周目に入り、逃げのタイムギャップを作るためか集団はさらにペースダウン。パレード走行のような下り、ゆっくりした登りを経て、瞬く間に5分差となる。3周目もあまり状況に変化はなく、この間に下りを利用して脚を使わずに集団先頭まで移動しておく。4周目になっても、時々少し掛かるものの逃げとのタイム差は広がる一方だったので、そろそろまずいなと思い1分坂で先頭に出て少しペースアップを試みるが、マークされていない大学のペースアップに誰もついてくるはずもなくこれは失敗。大人しく勝負所まで足を残しておくことにした。すると5周目の5分坂で日体の選手が猛烈にペースを上げはじめた。このとき先頭から7人目くらい、前に生駒さんが見えたので必死でついて行こうとしたが1分ももたず着き切れ、それまでのポジションアップの貯金を少しずつ崩しつつ集団内で耐える。さすがにすぐペースは落ちたので、ここはなんとか凌げた。このあたりから集団はやっと追走モードに入ったようだが、有力校の多くが選手を逃げに送り込んだために組織的に追いかける学校が無く、誰かがペースアップをかけてその誰かが交代するとまた緩むという脚を削られる展開で、じわじわと脚に疲労が溜まってくる。次に掛かったらおしまいだなと思いながら登っていた7周目の5分坂の、勾配が上がるポイントで案の定ペースが上がる。ここでじわじわ集団から遅れ、坂の上で集団後尾から10秒差ほど、幸い周りに何人かいたのでグルペットを組み集団を追いかける。これまでの展開通りなら平坦区間に入ればすぐにペースは緩むはずなので、集団が見える差を維持すれば追いつけるだろうと考え必死に追走。平坦区間に出たところで横に広がっている集団が見え、追いつくことができた。このあたりから四頭筋にゴルフボールを押し当てられているような違和感が始まり、北海道ではこの違和感が始まったのが集団から遅れる前兆だったなぁと思い出す。8周目の5分坂で、序盤は違和感が痛みに変わったもののまだ脚は動いていたが、中盤でアタックがあったのかペースが上がり、このときに四頭筋が全く動かせなくなってしまった。集団には一瞬で置き去りにされ、1分ほどインナーローSFRをしてようやく動くようになった脚で淡々と走ってフィニッシュラインで赤旗
レースではおそらく最善を尽くしたし、レース前までのコンディションや機材の調整も出来ていたが、それでいて早々にレースを降りる結果になってしまったのは悔しい。また、今年のこれまでの練習でももう一歩追い込めるであろうところでやめてしまっていたことを思い返せば、もう少し出来たかもしれないという後悔もある。が、右膝の故障と付き合いながらで、膝の顔色?を窺いながら練習していた半年間であったことを考えればこれが最良の結果だったという気もする。
これまで3年間、タイヤ、ウェア、そして自転車など、信頼性と機能性を両立したすばらしい機材でサポートしていただいた日直商会様、ありがとうございました。また、練習を作ってきてくれた秋山、サポートで奔走してくれた植田や後輩たち、応援に駆けつけてくれたOBの方々もありがとうございます。激坂手前での谷さんや秋山の応援は本当に最後の力になりました。
インカレロードは微妙な結果になってしまいましたが、今後も方向性はまだ考えているものの自転車競技は続けていこうと思っています。