UTokyo bicycle racing team

こんばんは。日差しに当たっていたらいつの間にか髪の色が抜けて茶髪になってしまいました。笑 ひたすら日光に弱いマネージャー植田です。
まず、インカレ前に選手紹介ができなかったこと、合宿中数日分の日記が抜けていることをお詫び申し上げます。
それでは、インカレロードのレースレポートです。引退するわけではないのですが笑、超大作です。

      • -

インカレロードが終わりました。やはりインカレが持つ意味は大きいものです。選手たちはそれぞれこのレースに向けて練習を積んできました。その過程を見てきた身としても、身が引き締まるような思いのする大会です。

前日、午前中から荷物の整理と積み込み。下級生たちに働いてもらい、わたしはレジアスの掃除をしていました。夕方、監督会議から帰って夕食を作り始めました。長岡くんの言葉を借りれば「無限お好み焼き」で笑、選手たちはお好み焼きをおかずに白米を食べ、追加でパスタを食べるというカーボローディングっぷりでした。その後選手からの要望を確認し、ゼッケンをつけ、選手たちがプレートを付けたり準備をしたりしている間に、サポート全員と動きの確認。わたしは自分が心配性なのもありますが、サポートに関してはこの段階が最も重要だと思っています。何時になったら誰をどこに派遣して何をしてもらうか、段取りを決めて確認しています。

当日は朝4時に起きて準備をし、宿の共有部を片付けて出発。前日からコミュニケの指示を守って確保してあったスペースに停車。そこからレースまで残り1時間半。今回は自分が動きすぎないことを意識したつもりで(結局うろうろしてしまったのですが…)、出場しない一、二年生に運搬を頼んで、わたしは基本的に選手のそばで待機していました。6時半から7時にかけて、選手たちはそれぞれのタイミングでコースへ。全員の出発を見届けてからわたしもコースへ入りました。
今回はスタート位置が秋山くん金子くんがクラス2最前、その少し後ろに生駒さん貫名くん井上くんでした。後ろの3人にはもう二年生がついてくれていたので、わたしは前方へ。秋山くんに緊張しいの顔をしてるよー、などと突っ込んだりしつつスタート待機。

そして何事もなく出走。わたしはいつも通り補給最前に陣取って、補給の準備をしつつ応援。3年目ともなると他大学の知り合いも増え、4年生の姿をみてはこれがラストレースか、と何とも言えない気持ちになっていました。
二周目、なぜか金子くんが集団で帰ってこず、ここでそんなに遅れるはずがない、何かあったのではと嫌な予感。遅れて現れた金子くんは明らかに落車後でした。血の気が引くような気がしました。個人ロードに続く序盤での落車で、いろいろなことをぐるぐると考えつつももう祈るしかない状況。しかし集団に追い付くことができず、降ろされてしまいました。
そして集団落車が発生したようで、貫名くん井上くんもそれによってできたグルペットに。有力選手も多く残っており、集団に追い付けるかと思われましたが、数周走ったところでDNFとなりました。二人とも一時期体調がよくなかったこともあり、合宿での管理がもう少し良ければもう少し頑張れたのでは、というところもあって、申し訳ない気持ちになりつつ、切り替えて補給開始に備えました。
この後に残ったのは生駒さんと秋山くん。わたしがわかりやすい補給列先頭にいたこともあり、どちらにも2,3本のボトルと数個のゼリーを渡しました。


Photo by 谷OB
今回は気温が低かったためそれほど水分を取らないであろうことを予想し、アクエリに粉飴を投入して単位量当たりのカロリーを上げました。科学的根拠のあるおまじないです。OB西薗選手による経口冷却が有効という情報に従って氷も用意していましたが、今回は使いませんでした。飲まない分もう少しゼリーを摂った方がよいのでは、と思いつつも、選手が取りに来ないので、ドリンクを基本として用意していました。
補給開始直後は二人とも余裕がありそうで、補給も問題なく進行。中盤から生駒さんがきつそうな様子に。とはいえ集団内のポジションは保っており、わたしたちにできることは応援のみ。OBのみなさんが各所に散らばって応援をしてくださいました。そして終盤、何度もアタックがかかり、集団がペースアップ。秋山くんはしんどそうに集団に食らいつき、生駒さんはすでに限界を超えた表情。秋山くんがボトルを取りに向かってきましたが、力が入らないらしくボトルを落としました。次周ではきちんと受け取ったものの、そのきつさが伝わってきて祈るばかりでした。
27周め、二人とも集団から遅れをとっており、それでも完走は堅いものに。周りの観戦の人たちからの声援も非常に大きいものでした。秋山くんは集団の少し後ろ、単独でふり絞るように最終周へ。そのさらに後方の生駒さんはもう息も絶え絶えといった様子で登っていきました。赤旗はないことはわかっていましたが、そもそもあと一周走り切れるのかが心配になるほどの追い込みでした。
二人を全力で応援した後、ゴールに備えて補給所を離脱。最後10mほどの地点の列に入れてもらい待機。先頭に続き、続々集団がゴールしていくのを見送って待ちました。

そして見えてきた秋山くん。横を走ってゴールへ。

photo by 上村くん
2年前は三宅監督が浦さんに並走していたことを思い出しました。

思わず背中をばしばしと叩きつつふたりでやったあああと叫んでいました。インカレでの2人完走は、2012年以来4年ぶりの結果です。
「(自転車から)どうやって降りたらいいんや…」と呟く秋山くんを地面に転がし笑、ふと生駒さんが心配になりましたが、ほかに誰もやってこないところを見るとおそらくみんなそちらに向かったのだろう、と判断し、秋山くんについていました。柿木さんに電話している秋山くんは本当にうれしそうでした。順位は秋山くん29位、生駒さん40位。二人とも初の選手権完走です。

photo by 谷OB
生駒さんの壮絶すぎるゴール。コメントが見つかりません。笑
実際に結果を出してくれたこと以上に、秋山くんだけでなく選手たちが結果を見せようとしてくれたことそのものを、本当にうれしく思っています。何度も言っているように、わたしは楽しくてこれをやっているので、サポートされることを負担に思うことはしてほしくないのですが、それでも、応えようとしてくれることがとてもとても幸せです。

わたしは来夏、大学院に進むべく試験を受けます。おそらくインカレと同時期です。そのため、今回が最後の全面的にサポートできるインカレになるだろうということは、ずいぶん前から考えていました。今年は8月をほぼすべて自転車に費やしました。選手に本当にいいのかと尋ねられましたが、迷いはありませんでした。チームとして、それぞれの選手にとってなんらかの助けになれたなら、うれしいです。
今だから言えますが、おそらくあと数日合宿があったらもたなかったと思います。自分でこれくらいなら最後までもつなと思って調整していたとはいえ、同期たちには心配をかけました。今年の夏の合宿は上級生がほぼいなかったこともあり、同期たちと動かしてきたという感覚が強いです。なんとなく同期で集まることも多く、秋山くんにおかんおかんといじられるのも、貫名くんの秀逸すぎる突っ込みを聞くのも、そこに金子くんがあらわれてみんなでたっくーん笑、と言いながらいろいろやるのも、楽しかったです。自由に動ける環境を作ってくれて、信頼してくれる同期たちの存在は、わたしにとってとても大きいものです。

合宿中はできる限り選手のことを考えて動いていたつもりですが、至らないところもあったと思います。また、インカレ直前期はわたしに余裕がなかったこともあり、出場しない選手はかなり雑に扱ったと思います。動いてくれてありがとう。後輩たちからみると、わたしは怖い先輩なのかもしれないなあと思っています。自分だって選手なんだからそんなにサポートできないよ、と思うこともあるかもしれません。それでも、このあと一年をかけて、わたしが伝えられることはすべて残していくつもりです。それをどう扱うかは後輩たち次第、です。

今回のレースでも、大変多くの方々に支えていただきました。Michelinタイヤpower, DEROSA Nickフレームなど、機材面で多大なるサポートをしてくださった日直商会様。練習メニューをご指導くださった上、主将・秋山くんの大きなよりどころともなってくださったBlue Wychの柿木克之様、孝之様。各選手の機材に対し、丁寧な整備をしてくださったスポーツバイク ハイロードの青山様。遠く修善寺まで足を運んでくださり、応援してくださった小藤OB, 宮崎OB, 白石OB, 中村謙太OB, 安井OB, 荒牧OB, 西岡OG, 水田OB, 谷OB, 浦OB, 林OB, 上村くん、そしてSNS等を通じて注目してくださった皆さま。この舞台で東大チームが戦うことができたのは皆さまのおかげです。東大自転車部を応援しようと思ってくださっていることを感じて幸せでした。本当に、ありがとうございました。

東大の選手たちは、もともとの経験では他大学に比べて圧倒的に不足しています。練習時間も多く確保できるわけではありません。その差を埋めるのが科学的知見なわけですが、そこに加えてサポートを充足させることで、選手たちが自分の望む形で走ることができたらいいな、と、変わらずずっと考えています。
こんな感傷的な文章を書いていますが、引退は一年後のインカレにするつもりです(というより、同期が出る最後のレースまでは残るつもりです)。
選手たちは、差をどうやったら埋められるのか、懸命に考えながら練習を積んでいます。ぜひ、暖かく見守っていただければ幸いです。
最後の1年、わたし自身も全力で駆け抜けたいと思います。どうぞ今後とも、ご支援、ご声援のほど、よろしくお願いいたします。