UTokyo bicycle racing team

まとめて

インカレ後は怪我のため練習ができなかった。
その間にハイロードにてバイクの修理をしていただく。

大会前日
飛行機で快適に北海道へ。受付等を済ませるがバイクがないので
練習はできない。他のチームは昼ごろから軽く走って調整していた。
フェリー組は疲労の様子。お疲れ様と言いたいところだが
急いで準備を行わなければ行けない。勝手がわからないので
ミーティングも混乱。
機材準備もドタバタだった。細川と松永が5人分の機材と補給を
整えてくれた。

1日目
アップは十分。スタート。
ペースは大して速くない。体の大きな外国人選手の後ろで
楽に走った。オランダ語が飛び交う後方は異次元。
一つ一つの坂は学連の試合のような上がり方はしないけれど
集団の力でまるで平地のように上っている。
補給のゼリーはかなり早い段階でなくなってしまった。
長い下りでは超高速ダウンヒルが展開された。
機材の差は上りではなく下りで現れると実感。フォークがぐにゃぐにゃ。
とにかく曲がってくれと祈りながら走る。ちょっと前の人と車間があいた瞬間
取り残される。アウタートップが回りきるからどうやっても差がつまらない。
チームカーの隊列を利用しつつ人生最速の単独下り。必死でもがくも終端速度
がわずかに足りない。その時、外国人選手がすっと後ろから押してくれた。
必死でそのひと押しを利用してもがきなんとか集団に復帰した。
足がかなりのダメージ。あぶないところを救われた。
高木さんから羊羹をわけてもらったが、ドリンクが残り少ない。
西薗にせがまれ少しドリンクを分ける。
予想外の気温にドリンクが補給はるか手前でなくなる。
きつい。だんだんと脚が動かなくなるいやな感覚がやってくる。
補給所まであと少しというところで集団から切れた。
補給をもらってドリンクをがんがん飲むがすでに遅かった。
少しずつ攣りかける筋肉が出てくる、手で押さえだましだまし上るが
長い峠、もう少しで終わりそうというところでついに脚をつる。
両足をつってしまい回収車へ。本当にきつかった。


レース後、すぐにサポートとしての仕事が始まる。監督と2人で
洗濯、大量のゼリーの買い出し、給油をこなす。かなりの時間がかかった。
すごく長い一日だった。

2日目以降
細川、松永と共にサポート。レース後はすぐにホテルに移動。
積み下ろしは個人の荷物が大量にあるし、ゴミとかがいっぱいに
なるから大変な作業だが、毎日きちんと整頓していかないと
翌日大変なことになるので、整理整頓は徹底しないといけない。
荷物を降ろしたらバイクのメンテナンス。
落車王が大活躍してくれたのでホイールをきちんと点検し、変速を
確認しなければならない。チェーンの清掃には青山さんお勧めのチェーンクリーナ
が活躍した。やはりきちんと掃除した自転車でレースに出ることは大切。
どうしても西薗の自転車の変速が直らない。アウタートップから内側に入ってしまう。
順天堂大学のメカニックの方にいろいろ見ていただいた。どうやらチェーンが摩耗していた
ようで、交換したら直った。大切な大会の前にはチェーン交換が必要だろう。
とくに11を使う人は注意。
雨の日にはタイヤ交換が必要で、この作業は人手が必要。
また、TT用の装備はエルゴを使ったために大変な作業だった。事前にもう少しポジションを
出しておいてメカニックの作業を減らす必要がある。
後半は残念ながら西薗一人のサポートで比較的楽な作業ではあったが結局のところ
動く人は決まっているので、サポートの2人は大変だったと思う。


支援してくださったすべてのみなさんありがとうございました。
特に最終日のフェリーはご苦労様でした。

購入した備品等は適切に管理し、有効に活用していきましょう。