UTokyo bicycle racing team

インカレロード 4.5/14周DNF
昇格して以来、初めてのレース。そして初めての大舞台。夏合宿で練習は積めていたもののインカレメンバーの中では最も自分が弱く、最初のふるい落としの時点でかなり厳しいだろうと思っていたが、あわよくば緩むまで集団に残ってやろうくらいの気持ちで。そのために、大集団の中でも臆せずなるべく前に位置取りをし、序盤から躊躇せずに踏んでいくことを意識して臨んだ。
自分の勝負所は序盤なのでアップは長めに、強度もクラス3のクリテに出る時と同じくらい上げる。
水田さん、中村さん、植田の協力もあってスタート地点は前方を確保できた。そしてスタート。パレード中でもスタートと同じくらいの位置を維持できればよかったのだが、前との車間を詰めきれなかったために数人に割り込まれて若干後ろに下がってしまう。5分坂はほとんどパレードだったので余裕でクリアしてリアルスタート。やはり集団のペースは速くてついていくのでやっとな上に、下りでもうまくポジションを上げられない。3分坂でかなり踏んでポジションを上げたものの、2周目に入って下りと5分坂でその貯金を使い果たしてしまい、直後の短い登りで集団から少し遅れてしまう。下りで踏むも差は開き、3分坂でオールアウトして完全に集団が見えなくなってしまった。
ここでレースとしては終わってしまったわけだが、たくさんのサポート、応援を受けている以上切られるまではやれる限り走らなくてはならない。同じようなところで遅れた選手や落車で遅れた慶應の荒川とグルペットを組み、途中で降ってきた貫名を吸収したりして10人くらいで走る。登りで千切れる人がちらほらいて、自分もかなりきつかったので登りで多少落とし、なるべく平坦・下りで踏んでもらうように頼み、そこまで遅くないくらいのペースで回ったが、5周目の平坦で飲料補給したときに付きミスをしてグルペットからも遅れ、すぐに降ろされた。
もっとうまく立ち回って下りでポジションを落とさず上げられていればもう少し延命できていたのかもしれないが、4周完了までハイペースの集団についていくことはまず無理だったと思う。要するに経験不足とかではなく、単純に力不足だった。一方で5月の修善寺ロード以来、心身共に調子が上がらないまま過ごしてしまった2か月の間にも着実に成長できていたら結果は少しは変わっていたのでは、と思うと悔いが残る。
合宿中のメニューを作っていただいた柿木さん、本来は選手がやらなくてはいけない役員の仕事を引き受けてくれた福田さん、植田、そして事前準備から当日までサポートに徹してくれた一年生、応援・サポートしてくださったOBの方々、アドバイスや車の運転をしてくださった監督、本当にありがとうございました。おかげで完璧な準備のもとで走ることができました。
トラックも含めてインカレはやはりどの大会よりも特別であるように感じたし、この舞台で強豪校の選手たちと肩を並べて走りたいとも思った。これから忙しくなるであろうが、少なくともあと一年はできる限り練習し、成長してまた来年この舞台に戻ってきたい。
まずはポジションやぺダリング、体幹など基本的なところを一から見直していきたい。次の目標はオムニアムあたりといったところか。
北海道メンバーは頑張ってきてください。僕はEC90を秋山に託して、秋山が壊して帰ってくることがないように祈りながら東京でお留守番してます。笑
最後に、役員関係者の皆様ありがとうございました。

インカレロード
4列目からスタート。ローリング中の下りでスイスイ前に出ることができたので、1周目は30番手あたりの位置をキープ。最初の逃げが決まるまでのハイペースがきつく、2周目3周目4周目の激坂はちぎれる寸前だったが、下りを使って集団復帰したりしてなんとかメイン集団に残る。谷さんのアツい応援もかなり力になった。笑
5周目からはペースが緩んだがすでに脚にけっこうきてて、特に左ふくらはぎがすでに攣ってる状態。脚を少しでも貯めるべく登りで下げたポジションを下りで上げる。が、ここで狭いスペースに突っ込んだりして水たまりや草むらを走ってたせいか6周目の3分坂前の下りで後輪パンク。。共通機材車から代輪をもらって追うが追いつけず。
しばらく走ってると後ろからグルペットがやってきたのでこれに加わる。北大がパワフルに引いてくれるが他の選手はきつそう。登りを抑えて下り平坦を頑張って引く。完走は難しくても一周でも多く走りたかった。
だが気が急いていたせいか9周目に入ったあとの下りから平坦に入る右コーナーにオーバースピードで侵入してしまい落車。腰と首を打って左半身はドロドロ。助けに来てくれたおじさんに「大丈夫か?降りるか?」と聞かれたがここで諦められるわけがない。すぐに追い、5分坂でちぎれた選手を捉えたが、下り後のコーナーのところでタイムアウト。9周半DNFに終わった。
最後のインカレがこのような結果に終わって残念で仕方ない。ツールド北海道はこの悔しい気持ちを全部ぶつけようと思う。
監督、サポートしてくれた1年生、車を出してくださった谷さん水田さん、応援・カンパしてくださったOBの方々、練習メニューを作ってくださった柿木さん、そして当番校の仕事を引き受けてくれた植田福田、沿道で応援してくれたみなさん、本当にありがとうございました。
また役員・設営に関わった方々、ありがとうございました。

お久しぶりです。浦です。
盛大に更新が滞っていましたが、7月中盤あたりからインカレにいたるまでを振り返りたいと思います。
7月18,19,22日 飯能へ 
25日チェーン切れて途中帰宅 ディレイラーさんさようなら
29日林と飯能
このあたりから自転車乗ったあとにのどのあたりが息苦しくなる状態に陥りあまり乗れず。
8月4日院試英語編
6日連光寺付近へSFRへ。回復してなくて途中で帰る
15日V坂でソリア。反復能力が...
16日前日にのってもあまり悪くならなかったので、飯能へ。が、途中で撃沈
24日院試専門&数学編
25日飯能へ。100kmくらい乗ってもわりと大丈夫そうだった。
27日飯能へ。60kmくらい
28日院試面接編
30日インカレロード:12位
練習量が前年比90%offくらいなので、もちろん目標は完走。とにかく少しでも長く集団内で生き残れるようにがんばる。1,2周目はきつかったがこれくらいなら完走はいけるんじゃないかと思えた。とか油断していたら、3周目の5分坂でアタックでペースがかちあがってずりずりポジションを落とす。途中で林&生駒に抜かれ(なぜかすでに東大はそれしかいない)集団の最後尾あたりまで落ちていった時にぎりぎり5分坂を登りきって延命。この日一番の山場を乗り切った。
7周目くらいまでは同様に上りでポジションをがんがん下げて、下りでポジションをあげるのを繰り返す省エネ運転(それしかできなかった)。
中盤を過ぎると周りが消耗したおかげか少し楽に。
残り4周でもう完走はできるだろうと思いうれしくなる。1年生のときぶりの感覚。
残り2周くらいからずっと先頭との差2分くらい、自分もヘロヘロで結局そのまま最後の激坂へ。必死にもがいて12位。
完走すらだいぶ怪しい状況だったので普通にうれしい。とりあえず北海道までに高強度域をどうにかしいと思います。
サポートしてくれた一年生、役員等々してくれた福田、植田、運転、カンパその他いろいろしてくださったOBの方々、監督ありがとうございました。