UTokyo bicycle racing team

インカレトラック

10/11 全日本大学自転車競技大会 オムニアム(トラック)

先月の個人トラックの時点では全くトラックレースに対応できるコンディションではなかったが、1ヶ月間練習を組み立ててなんとかそれらしい状態(主にスプリント力)に持っていけて臨めた。去年までは選手権クラスのレースでギア比51-14を回していたが、ぶっちゃけそれでは歯が立たないことはわかっていたので、(踏めるかは置いといて)52-14で挑んだ。

・スクラッチ 17位
ラスト10周くらいまではあまり考えず、足を使わないように周回をこなした。久しぶりのレースだったからか、集団全体として落ち着かない状態が続いていて落車に巻き込まれないように注意を払う必要はあった。残り3周までのポジションで大体順位が決まってしまうことはわかっていたが、スプリントレーンに押し込まれる位置にいてしまったため、マークしてた選手が多い塊に入れ込めず最終周回で捲られてしまった。スプリントレーンで先頭に出た際に最終周回まで突っ張ったり、もっと早くマークを強めておけば良かったが、頭では分かっているものの行動に移すことができなかった。
・テンポレース 20位くらい
とても点を取れる気はしなかったので、最終着順狙い。周回のペースはスクラッチと比べてはるかに速くキツかったが、余裕がある状態で残り5周くらいに入った。逃げていた選手もいたからか、ここら辺から周回表示が無くなって混乱した。監督が内バンから残りの周回数を教えてくださり、ラストもがいて良い位置でゴールできたと思った。ただ実際はもう1周あったらしくて、完全に出遅れてしまった。10人近くがポイントを取れていたこともあり、かなり順位が下がってしまった。
エリミネーション 20位
少し集団の後方待機してから、先頭に出て粘り続けることを目標にした。ただ想定以上に集団のペースが早い状態が続き、前に出るタイミングが掴めなかった。キツかったからか、位置を下げた有力選手の動きに合わせて前に出るという考えにも至らなかった。最後は足が無くなりそうだった&放送があまりよく聞こえておらず、自分が降りる必要がないタイミングで降りてしまった。
・ポイントレース DNF
順位を上げるには逃げに乗るしかなかった。容認されそうなメンバー(同じく順位が低い)の逃げに乗ることを目標に。最初の10周くらいで出来そうだったので動いたが、タイミングが遅すぎて一人でかなりの時間走ってしまった挙げ句逃げにも乗れなかった。集団に戻るも周回が高速で、先頭交代に何度も失敗。後ろで無駄にもがいて足が無くなった。

最後のトラックレースがこのような形で終わってしまったことは非常に悔しいが、フィジカルについてはこれが過去最高の状態だった。今まで51 -14でかなりキツかったが、52-14でレースに挑めたし苦にも感じなかったことからコンディションは前年以上に良かった。あとは走り方だとか、要所要所の走行技術だとか、周囲を把握する力だとか。そこら辺に関してはずっと自分の中の課題であったが結局解決できずに終わってしまった。何よりポイントレースでの付きミスは昨年では到底考えられないミスで、今までできていたことができない自分に対して呆れてしまっている。

思い返せば二年の前半でなんとかB基準を切ってクラス2のポイントレースにできるだけ多く出場するようにはしていたが、結局選手権クラスで成績を残せる人はクラス2の上位、もしくはクラス1選手であるので、より高い目標、志を持って三年のレースを走っておかなければならなかった。ポイントレースを走ること自体は好きだったけれど、ポイントの取り方のバリエーションなどの模索は十分でなかった。東大の選手は基本的には経験者ではないからこそ、一つ一つのレースでほかの選手よりも多くの知見を得ることが肝要なので、後輩たちにはまず早く基準を切って出場するレース数を増やしてほしい。

海老原と井上さん、サポートに来ていただきありがとうございました。またレース前後で数多くアドバイスをくださった監督、ありがとうございました。
金子さん、大西さん、白石さん、大島さん、他のOBの方々、東大が出場していない1日目も含め役員を務めていただきありがとうございました。

近いうちにロードのレポートもアップします。