UTokyo bicycle racing team

*[内藤歩]

夏の合宿は地元で行われたので自宅からの参加だった。
衣食住の環境はアパートよりも良く余計な体力を使うことなく
練習ができたと思う。

ただし前日の10時に次の日の予定がきたり、
朝一番に練習が変更になると準備とかが、精神的な面を含めて
やりにくかった。もう少しそのあたりの工夫が必要だったかも
しれない。地元ということで道とかは不安がなかった。
本当はもっといろいろな道を使って練習したかったが
なかなかそういう練習ができなかった。

3月の合宿から本格的に練習に復帰し、7月ぐらいまでは心配だった
膝の調子もよく練習できていて、これなら大丈夫かなと思っていた
ところ美麻の上りを走っているうちにまた膝の調子が悪くなり
美鈴湖のインターバル練ではほとんど片足ペダリングでなければ
走れない状態だった。その後、強度を落として無理のしないように
してインカレに向けてトレーニングを続けた。

団抜きの練習では、秋、冬のピストの経験がないためうまく走れないのと
ちょっとぐらい車間を空けてしまってもなんとかなるせいで
車間を空けるくせを直すのに苦労した。先頭交替の上がり方では
3年生のアドバイスが非常にありがたかった。
本当にばらばらの団抜きでどうなるのか不安だった。
一度は欠場の話もあったがチームで参加と決めたからには
しっかり走るしかない。

インカレ本番
初日はサポート。
1年生はピストのサポートの経験が少ないからよしとしても、
午後にレースがあるからサポートしないとか2年生の中にも働く人と
働かない人との差ができていた。主将である東先輩がよく動いているのは
まずい。サポートは気配りが本当に大変だけどみんなで分担しないと。

テントのおかげで雨はしのげた。

団抜き本番
ディスクの交換に手間取り、いつものことながら直前は慌ててしまう。
アップはしっかりできたからそれなりに落ち着いてスタートできた。
スタートしてすぐいつもより速いペースに驚く、それでも足は余裕が
あったから慌てない。しかし、いきなり3人になった時は秋田の悪夢が
よみがえった。
この段階でしっかり気持ちを切り替えることが出来なかったのは
良くなかった。その後、先頭交替の禁止の合図が聞こえず交代する
という最悪のミスをしでかしてしまう。3人になり西薗の個抜き以上の
タイムが出ないと分かった時点で相手チームの邪魔をしないことを
第一に走ることを考えて、たとえ聞こえていなくても相手の場所を
把握することに努めるべきだったと思う。

その後はチーム内も最悪な雰囲気だった。責任は自分にあるけれど
それでもうちの大学は「チーム」ではなかった。

ロード本番
ゼッケンが忘れられるトラブルもあったが、何とか解決し
しっかりとアップを行う。ピスト班と1年のおかげで場所取りも
ばっちり。

スタート位置に並ぶとあまりの人の多さに驚く。コースのキャパを
オーバーしている。落ち着いてスタート。原則道理に前へ前へ上がる。
比較的前に出て安心して下っていたら、いきなり左から倒れこまれて
大落車に巻き込まれる。
地面に転がる。とにかく路肩に逃げる。頭が痛い。ヘルメットの後頭部が
へこんでいた。どうやら前転したらしい。自転車を起こして振れを確認する
触れてはいない。走るか。そう思ってハンドルに目をやるとStiがもげていた。
これでは走ることができない。代車の車も通過後。DNF
わずか2kmで終了だった。回収車で走っているうちにアドレナリンがなくなり
傷が痛みだす。
擦過傷は大したことなかったが、うち身が痛い。あまりにあっけないインカレに
悔しさを通り越して呆然と言うか考えられない。
まるで人ごとのようにレースが進み、終わった。

合宿所の荷物をなんとか押し込み、車で東京へ。うち身がひどい。休憩の
度にコールドスプレーで冷やすけれど、地獄。自走では帰れないので
本郷まで行き、積み下ろしを手伝い。始発まで部室泊。
朝起きた時全身がむち打ちになっていた。起き上がるのが大変だった。
荷物を抱えなんとか家へ。

サポートをしてくださった方、応援にいらしてくれた皆さん。
ありがとうございました。また、ドライバーの皆さんお疲れ様でした。